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PROJECT

森 拓郎

PROJECT STORY

自転車で面接に向かった男が、
“つくる”を極めていく

PROFILE

森 拓郎
入社:2004年 出身校:九州産業大学 芸術学部 美術学科
  • 2004 入社・営業部配属
  • 2006 Easy Life(CRASHの中の1ブランド)を立ち上げ
  • 2007以降 Knot antiques、NOR、tabuなどを立ち上げ、その後複合化。
    現在のCRUSH CRASH PROJECTとなりCRASHブランド統括マネージャーとなる
  • 2024 常務執行役員
  • ※所属・役職は取材当時

28歳で入社後、営業を経て、現在全国に店舗を構えるCRUSH CRASH PROJECTを立ち上げ、
今もなお新ブランド”OASIS”を立ち上げるなど常にチャレンジ精神を持ち活躍の場を広げている統括マネージャーにお話しを伺うー

関家具に入ろうと思ったきっかけはなんですか?
間違えて入社した(笑)。
リクルート情報があまりなくて、紙媒体の情報しかない時代だったから情報が少なくて…
入社前は関東にいて、写真と画像の編集の仕事をしていました。
そこで何年か働いたけど、もともと大学でも絵画とか彫刻とかをやっていて、木に触れる仕事がしたいなと思っていたんですよね。なので、木工メーカーが多いと知っていた大川で働こうと考えていたら、関家具が募集していたので入社した感じです。
関家具に入ったらメーカーじゃなくて卸業者でびっくりした(笑)。

営業配属から始まったけれど「違うな」と感じて何度か相談をしたところ、「じゃあ開発をやってみるか?」と声をかけられて転身しました。
卸中心の関家具は売れる情報が常に飛び交っていて、その中で自分の好きな素材を使った試作もしていました。当時は上司とタイのメーカー巡りをしたり、主流の低価格帯とは別に“もっと木質を表現できる家具が作りたい”との思いから、海外の展示会を自分の判断で回って情報収集を進めていましたね。
面接遅れてきたって本当ですか?
面接の日は広島にいて間に合わなかった(笑)。
横浜から自転車で大川の面接会場に向かってて… 計算では間に合う想定だったけどね(笑)。
大阪あたりで間に合わないかもなと思って、結局10日くらい遅れた。
スーツも持っていなくて、福岡で友達に借りて面接にいったり、ポートフォリオ持たずに、履歴書だけ持って…でも面白がられて合格にはなったかな。
横浜から福岡まではトータル1ヶ月かかったと思う。
その間は野宿、公園に泊まったりして…
冬だったから夜中自転車こいで、あったかい昼公園で寝て…
一度、公園で寝てたらおばちゃんに心配されて、おばちゃんの家で寝たこともある(笑)
面接帰りはバイクで帰りました。下道で2週間くらいで東京に。今考えるとあり得ないよね(笑)。
今や大人気の
CRUSH CRASH PROJECTですが、最初は1点のダイニングセットのみで始めたというのは本当ですか?
本当です。デンっていうダイニングテーブルから始まったかな。
最初は倉庫の階段下の小さなスペース(※)に展示して(笑)細々としてました。
※昔は元配送センターの場所で展示会をしていた
CRUSH CRASH PROJECTとしてどんどん事業を拡大されていきましたが、
事業拡大において大切にされていたことなどありますか?
熱量が伝わる商売だと思うので、自分が今一番熱を入れられる商品を作ることですかね。
年々やりたいことが変わって、新しいブランドができてきているので。
CRUSH CRASH PROJECTがもともと色々なブランドができて、ひとつのカテゴリにしばられたくないという思いでやっていて、ひとつのテーマにとらわれず、柔軟に挑戦していく、常にチャレンジしていくことを大切にしていきたいですね。
ブランドを継続していく上で苦労した点はありますか?
苦労したこと・・・・そんなに苦労はしてないね(笑)。
やっぱり、当時ウチ自体が安価な木材メインでやっていた中で、オーク無垢のオイル仕上げを使うのが物珍しいってのもあったと思うんだけど展示会でお客さんから少しずつ購入が決まっていって、初めは一部の家具量販店の方の認知しかなかったものが、東京の展示会出展などで関東にも広まって、関家具では取引がなかったインテリアショップとも取引が増えていって…
もともと当時の関家具ってデザインで商品を買ってくれるってお客さんが少なかったんだけど、そこで繋がったインテリアショップさんが商品の良さを広げてくれたって感じだね。
タイミングよく環境にも人間にも恵まれていたと思います。
今までの仕事の中で、特に印象に残っている出来事について
教えてください。
実際に商品が売れ始めたとき…特にtabuのオピアムあたりが売れ始めた時、20万くらいのソファがポンポン売れ始めたのが面白かったかな。
その価格帯のものが関家具で売れる印象がなかったので、売れ始めた時、関家具でも売れるんだと思えました。オピアムのような高額なものが売れたから、そのあとの高価格帯の商品も挑戦できたっていう感じです。
昔はその価格の商品を関家具から買うお客さんがいなかったけど、どんどん売ってくれるお客さんが増えてきましたね。
商品開発において、心がけているポイントなどありますか?
イメージ写真…かな…?
どういう絵面に落とし込みたいかな、どういうコーディネートできるかなとか考えて作ってる。差し色とか気にしたり…
写真を撮っていたというのもあって、商品開発の際にそういう絵面とかで考えることがあります。今の商品の中で、シーンに足りないものをつくっていくことが多いかもしれないです。
たまに「こういう商品が欲しい!」という要望で商品をつくることはありますが、基本はシーンとして足りないものをどんどんつくっていくイメージです。
現在もCRUSH CRASH PROJECT内の”OASIS”というブランドを
設立するなど、精力的に活動していらっしゃいますが、
今後この会社で実現したいことについて教えてください。
基本的にはお店も作ったし…やりたいことはやれている気がします。
ただ、お店もCRASHだけではなくて、OASISみたいなブランドも単体で店舗展開できるようにしていきたいですね。
CRASHだけでお店を増やしていく…よりは、別のブランドのショップも増やしたいです。